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東京地方裁判所 平成8年(ワ)15728号 判決 1997年10月15日

原告 a株式会社破産管財人阿部法律事務所

弁護士 X

右訴訟代理人弁護士 左近輝明

被告 株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 小沢征行

同 宮本正行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、六五二万〇九二六円及びこれに対する平成八年七月一一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、破産会社の役員が生命保険に加入した際、破産会社は、被告のために保険金請求権及び解約返戻金請求権等に質権を設定したが、原告は、その被担保債権は被告から保険料について融資を受けた分のみであると主張して、解約返戻金等を右融資以外の債務の弁済に充当した被告に対し、主位的には不当利得返還請求権に基づき、予備的には使用者責任に基づき、解約返戻金等と融資を受けた保険料との差額の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  a株式会社(以下「破産会社」という。)は、平成八年六月六日午後三時、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

被告は、平成八年四月一日、株式会社三菱銀行(以下「三菱銀行」という。)と株式会社東京銀行が合併してできた銀行である。

2  三菱銀行大伝馬町支店の当時の外国業務課長であるB(以下「B」という。)は、平成元年七月ころ、明治生命保険相互会社(以下「明治生命」という。)のC(以下「C」という。)と一緒に破産会社を訪れ、破産会社の当時の代表取締役のD(以下「D」という。)及び取締役のE(以下「E」という。)に対し、明治生命の終身保険の一括払いの保険料について、三菱銀行が融資することが可能である旨説明した。

そこで、破産会社は、役員であったF、G及びEを被保険者として明治生命の終身保険に加入することとし、平成元年八月二一日、被告の大伝馬町支店から右役員三名分の保険料合計三四二七万円を借り受け(以下「本件借入金」という。)、明治生命との間で、同月一七日付けでFを、同月二一日付けでG及びEをそれぞれ被保険者とし、破産会社を保険契約者兼保険金受取人とする三件の終身保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結するとともに、三菱銀行のために本件借入金三四二七万円の担保として、本件保険契約に基づく保険金請求権、解約返戻金請求権等の給付請求権の上に質権(以下「本件質権」という。)を設定した。

なお、三通の本件質権設定承認請求書兼保険契約解約権の代理権付与通知書(甲一の1ないし3、以下併せて「本件質権設定承認請求書」という。)には、それぞれ被担保債権に関して、「現在負担し、又将来負担する取引上の一切の債務の担保」と記載(以下「本件文言」という。)されている。

3  破産会社は、平成八年六月六日に破産宣告を受け、本件保険契約は同月一三日に解約されたが、明治生命は、翌一四日、被告に対し、本件保険契約の解約返戻金及び未払利益配当金の合計四〇八二万四八四三円を支払った。

そして、被告は、同月一七日付け通知書(甲四)により、原告に対し、右四〇八二万四八四三円をもって、本件借入金三四二七万円及びこれに対する同月一日から同月一七日までの利息三万三九一七円の合計三四三〇万三九一七円だけでなく、本件借入金とは別個の同年三月一二日付けの借入金の残金の一部とそれに対する利息の合計六五二万〇九二六円も含めて対当額で決済する旨通知した。

4  原告は、平成八年七月三日に被告に到達した書面により、被告に対し、同月一〇日限り右六五二万〇九二六円を原告に支払うよう催告したが、被告は支払わなかった。

三  争点

(原告の主張)

1 不当利得等(主位的)

本件質権は、破産会社が被告から本件保険契約の保険料合計三四二七万円の借入をするために設定したものであり、破産会社には、本件質権をもって本件借入金以外の他の債務の担保に供する意思はなく、被告もそれを前提として、本件借入金を担保するために破産会社と本件質権設定契約を締結した。したがって、本件質権の被担保債権は、本件借入金及びこれに対する利息だけであり、被告は、解約返戻金及び未払利益配当金の合計四〇八二万四八四三円のうち、本件借入金三四二七万円及びこれに対する利息三万三九一七円の合計三四三〇万三九一七円を控除した残金六五二万〇九二六円を本件借入金以外の他の債務の弁済に充てることはできない。ところが、被告は、本件質権は破産会社の被告に対する一切の債務を担保するものであると主張して、六五二万〇九二六円を本件借入金以外の破産会社の債務の弁済に充当して不当に利得し、原告に同額の損失を与えた。

本件質権設定承認請求書には、それぞれ被担保債権に関して、「現在負担し、又将来負担する取引上の一切の債務の担保」と記載されているが、これは不動文字で書かれた例文的なものにすぎないから、右文言をもって本件質権が破産会社の被告に対する一切の債務を担保していると解することは、当事者の合理的意思に反するものであり、許されない。

また、破産会社は、被告から強く勧誘されたため本件保険に加入したのであり、本件質権設定の際、破産会社は本件借入金以外の債務まで担保することなど全く考えなかったし、被告から何らの説明もなく、話し合いをしたこともなかった。このような事情において、本件質権設定承認請求書に本件文言が記載されていることを奇貨として、被告が本件質権を本件借入金以外の債務をも担保するものであると主張することは、信義則に反して許されない。

2 錯誤(予備的)

破産会社は、本件借入金のみを担保する意思で本件質権を設定したのであるから、破産会社は、本件質権の基本要素である被担保債権の範囲について錯誤があったことになり、破産会社が錯誤に陥ったことにつき重大な過失はないから、本件質権設定契約は、少なくとも本件借入金以外の債務の担保としては無効である。

3 不法行為(予備的)

三菱銀行は、破産会社に対し、本件質権設定に当たり、質権設定契約の基本要素である被担保債権の範囲について、それが破産会社の三菱銀行に対する一切の債務に及ぶことを説明すべき義務があったにもかかわらず、Bは、右説明を怠ったばかりか、破産会社に対し、本件借入は一般の借入とは別枠であると述べて、破産会社に本件質権が本件借入金のみを担保するものであると誤信させ、本件質権を設定させた。これにより、破産会社は、解約返戻金等が本件借入金以外の債務の弁済に充てられ、本来受け取るべき六五二万〇九二六円を受け取ることができず、同額の損害を被った。Bは被告の社員であり、右不法行為は被告の融資事業の執行についてなされたものであるから、被告は、原告に対し、使用者責任に基づき右損害を賠償する責任がある。

(被告の主張)

1 不当利得等の主張について

本件質権は、本件質権設定承認請求書に記載されているとおり、破産会社が被告に対して「現在負担し、又将来負担する取引上の一切の債務の担保として」設定されたものであり、このような共通担保条項はほとんど全ての担保関係契約書に規定されているものであり、金融機関による担保の設定方法として最も基本的な内容といえるものであり、しかも本件文言は、右質権設定承認請求書の冒頭部分に記載されているものであるから、当然に破産会社の代表者も認識していたはずであり、被告も右文言が有効であることを前提に取引に応じているのであるから、原告の主張は理由がない。

2 錯誤及び不法行為の主張について

破産会社が錯誤に陥っていないことは前記のとおりであるが、仮に錯誤に陥っていたとしても、破産会社には重大な過失がある。また、Bには、何ら不法行為が存在せず、被告に使用者責任が生じることはない。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一の1ないし3、二、三の1ないし3、四、八、乙一、三、四、証人E、証人B)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  Bは、平成元年七月上旬、破産会社を訪れ、当時代表取締役であったD及び取締役のEに対し、破産会社は創業四年で資産背景に乏しく、経営者個人の能力に会社経営の全てが委ねられており、万一役員が死亡した場合には、会社が経営危機に陥る可能性があること、これを回避するための原資を用意しておくことは会社にとって急務であり、その手段の一つとして役員保険を利用することができること、役員保険は会社の資産形成の一手段であり、万一役員が死亡した場合には、保険金で死亡退職金、弔慰金等の原資に充当することができること、役員保険の一括払い保険料の資金は、三菱銀行が融資できること、詳しい内容の説明を希望するならば保険会社の者を紹介する旨申し出た。

2  Dらが役員保険に関心を示し、詳しい説明を希望したので、Bは、明治生命保険代理社のCを紹介した。B及びCは、平成元年七月中旬、破産会社を訪れ、D及びEに対し、Cが役員終身保険の説明をし、Bが保険料払込資金を三菱銀行が融資することが可能であること、融資の条件等の銀行手続について説明した。

3  破産会社では、既に第一生命との間で同様の役員保険に四口入っていたが、主要取引銀行の勧めでもあり、税務上の利点があったことから、このうち三口を解約して、明治生命の役員終身保険に三口入ることにした。破産会社の役員のF、G及びEは、それぞれ本件質権設定承認請求書に署名押印し、代表取締役のDがそれに記名押印し、平成元年八月二一日ころ、三菱銀行大伝馬町支店の係員に対し、右質権設定承認請求書及び金銭消費貸借契約証書等の書類を交付した。そして、三菱銀行は、同日付けで破産会社に対し三四二七万円の融資を実行し、破産会社は、明治生命に対し、保険料を支払った。

前記争いのない事実等及び右認定事実によれば、本件質権は、本件文言のとおり、本件借入金以外の債務についても担保したものであり、被告が解約返戻金等を他の債務の弁済に充当したことは正当であるといわなければならない。

二  不当利得等の主張について

本件融資の際、Bは、Eらに対し、本件質権の被担保債権の範囲につき明示的に本件借入金以外の一切の債務を担保する旨説明したことはうかがわれないが、前記のとおり、本件質権設定承認請求書には、破産会社が三菱銀行大伝馬町支店に対して「現在負担し、又将来負担する取引上の一切の債務の担保として」質権を設定する旨の記載がある。右記載内容はそれ自体明確であり、記載してある位置も右質権設定承認請求書の冒頭であり、活字もそれに続く各条文よりも大きく、十分認識できるように配慮されている。また、本件文言は、破産会社が昭和六〇年九月二日付けで三菱銀行と取り交わした銀行取引約定書(乙二)の四条二項にも同様の規定があり、銀行取引においては、このような銀行取引約定書を初めとする各種の取引についてのひな型が、全国銀行協会における協議等を経て作成され、金融機関は顧客との取引において、当該ひな型と同様の約定書を修正を加えることなく使用していること、これが金融取引の客観性、明確性、安全性及び迅速性に寄与している面があること、一般に銀行取引においては、担保を取得する場合には、個別的にではなく、全部の融資を担保するものとして取得するとされていること(乙一、証人B、弁論の全趣旨)からしても、破産会社にとって決して予想外の内容とはなっていない。しかも、本件保険契約の締結及び質権設定を担当したEは、日立家電の財務部資金課長として二年弱金融取引に関する審査等の職務を行っており、破産会社入社後も総務、経理の仕事をしていたこと(甲八、証人E)、本件融資の際、三菱銀行は、破産会社に対し、合計四五〇〇万円の貸付があったが、担保としては不動産に極度額三〇〇〇万円の根抵当権が設定されており、また、平成元年当時は破産会社の業績も減少しており(証人E)、三菱銀行としては、破産会社に追加担保を求めていたこと(証人B)からしても、Eは、本件質権を設定する際、本件文言を十分に認識していたこと、少なくとも認識すべきであったことが認められる。

これらの事実に照らせば、たとえBが明示的に被担保債権の範囲を説明しなかったとしても、前記の事情のもとにおいては、破産会社の代表取締役であるDが本件文言が記載された本件質権設定承認請求書に署名押印した以上、破産会社が署名押印した書面に記載された本件文言の内容については合意があった、すなわち本件借入金以外の債務についても本件質権の被告担保債権とする旨の合意があったと解するのが相当である。

原告は、Eは、本件借入の際、Bから本件借入は一般の借入とは別枠である旨言われたことから、本件質権は本件借入金のみを担保するものと確信させられた旨主張するが、仮にBがそのような発言をしたとしても、その趣旨は資金の使途が破産会社の運転資金ではないということにすぎないのであり(証人B)、直ちに原告が主張するようには解されない。

また、原告は、Bは、破産会社に対し、役員が死亡した場合に保険金を死亡退職金等の原資に充当できるから本件保険に加入するよう紹介したと証言しながら、本件質権設定当時本件質権が破産会社の一切の債務を担保するものと認識していたと証言するのは矛盾していると主張するようであるが、破産会社が破産状態等に陥らなければ、役員が死亡した場合には保険金が破産会社に支払われ、死亡退職金等の原資にすることができたのであるから、右証言は何ら矛盾するものではない。

また、原告は、三菱銀行は破産会社の主要取引銀行であり、本件保険の勧誘を拒絶できなかったかのような主張をするが、平成元年当時、破産会社は富士銀行との間においても三菱銀行と同額の取引があったのであり(証人E)、直ちに原告の主張は採用できない。

原告は、本件文言は例文であり、合意の効力がない旨主張するようであるが、前記のとおり、本件文言の内容は金融機関による担保の設定方法として基本的な内容であり、特段破産会社に不利益なものではなく、破産会社は本件質権設定以前にも被告との間で借入等の銀行取引を行っており、その際にも本件文言と同様の合意をしていること、本件文言は冒頭に大きめの活字で印刷されていることなどの事情に照らすと、本件において本件文言の効力を否定すべきものとは解されず、また、被告が本件質権が本件借入金以外の他の一切の債務を担保する旨主張することが信義則に反するものでないことは、これまで述べてきたことから明らかである。

三  錯誤及び使用者責任の主張について

錯誤の主張についても、Bが本件借入が別枠である旨の説明をしたとしても、それが本件質権の被担保債権の範囲を限定するものでないことは前記のとおりであり、また、原告の主張する破産会社の錯誤の内容は、破産会社は本件質権が本件借入金のみを担保するものと考えていたとするものであるが、前記の事情に照らせば、Eは、本件文言の内容を認識していた、仮に認識していなかったとしても当然知り得たのであり、これを知らなかったことにつき重大な過失があったといわなければならないのであるから、原告は、被告に対し、錯誤の主張をすることはできない。

また、不法行為の主張についても、Bの説明義務の点については、前記のとおり、本件質権設定承認請求書には、冒頭に大きな活字で本件文言が記載されていること、銀行取引約定書に本件文言と同様の記載があること、本件文言の内容は一般に銀行取引で行われていること、破産会社と三菱銀行との取引状況、Eの経歴及び当時の事務内容などからしても、Bに説明義務違反があったと解することはできない。Bの不法行為が認められない以上、これを前提とする被告の使用者責任が認められないことは明らかであるから、原告の主張は採用できない。

四  以上のとおり、原告の主張はいずれも採用できないから請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村元昭)

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